音から生物の謎に挑む:小さなケセラセラを積み重ねて – CSEAS Newsletter

音から生物の謎に挑む:小さなケセラセラを積み重ねて

Newsletter No.81 2024-03-13

木村里子准教授インタビュー

略歴
木村里子氏は京都大学東南アジア地域研究研究所の准教授。同農学部資源生物科学科・大学院農学研究科応用生物科学専攻、野生動物研究センター兼担。京都大学で博士号(情報学、2021年)、修士号(情報学、2009年)、学士号(農学、2007年)を取得。2022年より現職。
イルカなどの大型水圏生物を対象とし、受動的音響観測、バイオロギング、ドローンなどの研究手法を組み合わせ、行動や生態の解明に挑んでいる。中国、マレーシア、タイ、インド、デンマーク、メキシコ、日本など様々なフィールドにおける調査、研究歴をもつ。

イルカなどの大型の水生生物がいつどこでどのように生きているのか、その生態はわかっていないことが多くあります。水族館や動物園では常に人気者、絵本や物語には擬人化されて描かれたりする一方で、ひっそり絶滅してしまった種、絶滅が危惧されている種もあります。ある意味で身近な彼らを、どうすれば私たちはよりよく知ることができるか、音の力で生物の謎の解明に挑む木村里子准教授にインタビューしました。

──ご研究について教えてください。

イルカなどの小型鯨類を対象とし、行動学、生態学、生物音響学に関する研究に取り組んでいます。他にも、サメ、エイの仲間である板鰓類(ばんさいるい)やウナギなどの魚類、アザラシ、オットセイなどの鰭脚類(ききゃくるい、または、ひれあしるい)についての研究にも携わっています。対象は、ほとんどの場合、海や川などの対象動物の生息地ですが、水族館等の飼育施設と連携して飼育動物を対象に研究を行うこともあります。

海や川などの水圏に棲む生物たちについては、行動や生態がまだまだ謎に包まれています。その謎の解明のために、さまざまな手法を駆使します。生物が発する音を水中マイクで拾う受動的音響観察手法、動物に直接機材を装着して行動データを得るバイオロギング手法や、近年は空中からドローンで撮影して行動を観察したりすることもあります。

基礎的な生態の解明が第一の研究目的ですが、そのために必要とあらば、研究手法、解析手法の開発にも取り組みます。さらに、沿岸における船舶航行や洋上風力発電などの騒音が生物や環境に与える環境影響評価(アセスメント)1、水族館などの飼育施設における生物のストレス評価2も行っています。

生物音響学という学問分野は日本では(世界でも?)なかなか馴染みがないかもしれませんが、水中の生物は色々な音を出し、音が行動や生態と密接に関わっています。鯨類の調査手法としては、伝統的には目視調査が主流でしたが、特に見つけづらい種に対しては、動物が出している音を捉えて存在を確認する方が効率的だということが近年わかってきました。私が音響観察を利用した調査を始めたきっかけは、小型鯨類の中でも特に発見が難しいスナメリという種を研究対象としていたためです。スナメリは、アジアの沿岸域に生息し、小型で背びれがなく、群れサイズも小さいことから、発見が本当に難しい種です。研究キャリアのごく初期に目視調査と音響観察によるスナメリの発見率を比較したところ、音響観察手法の方が2倍以上も多くスナメリを発見できることがわかりました。近年ではさらに、餌を捕まえる前に出す特徴的な鳴音や、仲間とコミュニケーションする際に発する鳴音などが識別され、音によって存在だけでなく行動を知ることができるようになりました。

水中音響学分野は、研究の進み具合をみても、近年のアセスメント需要をみても、まだまだ研究できること、しなければならないことが多いのですが、生物と物理学、情報学の融合分野であるためか、なかなか研究者数が増えないのが現状です。

揚子江のスナメリ(撮影:赤松友成)
日本近海のスナメリ

──研究の道に進むきっかけや、今のご研究に至った経緯について教えてください。

最初から研究者になろうとしたわけではなく、二者択一を繰り返して研究者になりました。「ケセラセラ」というスペインの言葉(日本語で「なるようになる」という意味)が昔から好きでしたが、こんな感じで研究者になり胸を張っていいのか?と不安に思ったこともあります。でも、ノーベル賞受賞者の山中伸弥先生がご講演で「人間万事塞翁が馬」と仰っていて、拝見して以降、ちょっとだけ背筋が伸びました。

現在の研究に至った経緯は、以前に大学の別のインタビューに答えておりますので、詳細はぜひそちらをご覧ください3

──研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください。

これまで、中国、アメリカ、メキシコ、タイ、デンマーク、インド、マレーシア、日本など様々な国と地域で研究を進めてきました。それぞれの国の文化だけでなく、研究文化や、動物が持つ文化の違いに触れることは本当に楽しかったです。

中でも特に印象的だったのは?と聞かれれば、一番は中国です。私の研究キャリアは中国におけるスナメリの調査からスタートしました。そして、現在も研究を続けているモチベーションの源流にあるのは、中国揚子江に生息していたヨウスコウカワイルカの絶滅だと思います。奇しくも、私が調査のため最初に中国に渡航した2006年に、ヨウスコウカワイルカの大規模調査が実施され、1700kmを調査した結果一頭も発見がなく、翌年に絶滅が発表されました。私は、一度も会うことが叶いませんでした。そして、当時揚子江に生息するスナメリも、ヨウスコウカワイルカの後を追って個体数が激減しており、保全しなければ絶滅してしまうという状況でした。

しかし、そのような生物学的な背景だけでなく、中国は、他の国に比べても印象的なひとも出来事も多かったように思います。

私の研究では船で川や海に出ることがよくありますが、何時間も何日も乗船すると、どこの国でもだいたい、船長さんや、一緒に乗船している場合はその奥さんと仲良くなります。中国での乗船調査中は、船の上で奥さんがお昼ご飯を作ってくださり、お昼には皆でその料理を食べましたが、次第に料理の方法やお勧めの調味料も教えてもらうようになりました。仲良くなるにつれてだんだん娘のような扱いをされはじめ、冬に渡航した際には「寒いからあなたは船室の中に入っていなさい。いいから、いいから」と言ってなかなか調査をさせてもらえなかったこともありました。さらには船長さんの飼い犬とも仲良くなり、ある時には、その飼い犬が道路上で別の犬に襲われているところに遭遇し、私が襲っている犬を追い払うと、この人は安全だと思ったのかそのままホテルまで付いてきて部屋にまで入ってきてしまいました。ホテルの人は犬を見ても笑うだけで何も言わず、そのことにも驚きました。

他にも、調査の途中に調査船が壊れ、仲間の船が救助に来てロープで曳航されて帰ったことや、調査の途中に見知らぬ人が調査船に乗ってきて、なぜかその人を送ってから下船したこともあります。かなり僻地で調査をしていたのですが、何度も行くうちに住環境も気になりはじめ、停電対策のために日本から電球を持参するようになりました。村で偉い人のお葬式が催された際は早朝から村中で爆竹が鳴り響き、そんな状況で起きても大して気にすることなくもう一度布団に潜って寝れるようになりました。改めて思い出してもキリがないほどに数々の珍エピソードが中国ではありました。20回以上渡航して同じ時間を過ごしたので、中国の研究者の方も、研究所の運転手の方も、家族ぐるみで仲良くなりました。「我々が日中友好の架け橋になるのだ!」と言われたことは今でも忘れません。

揚子江の調査船。旗には「中国科学院 調査中」の文字とイルカのロゴが書いてある
調査船の船長さんの奥さん。船の上で食事を作り、昼食を取る

──フィールド調査を行う上での苦労や工夫をお聞かせください。

調査の行方が天候に左右されることが多い点が大変なところです。また、野生動物を相手にする研究のため、せっかく調査地へ行っても、動物がいない、どこかへ行ってしまったなどということもよくあります。

乗船をしないドローン調査や水族館での研究を始めて、このような点が少しは解消されるのかと思いきや、そんなことはまったくありませんでした。ドローンは、一度飛んでしまえば鵜の目鷹の目でデータを得られるのですが、風にも雨にもとても弱いのです。水族館でも、動物のご機嫌であったり、動物とスタッフの相性であったりが原因で、サンプルがうまく得られないことがあります。スタッフの方はたいてい平謝りされますが、「フィールド調査に比べれば全然なんてことないです。データが思うように得られないことには慣れています」と言うと大層驚かれます。私はもともとせっかちで短気な性格でしたが、フィールド調査へ行くようになって、柔軟性だとか、気長に待つ、自分でコントロールできないことはとやかく考えないという点は少し学べたかなと思います。

それから、フィールド調査で紫外線を多く浴びることの弊害は思ったより大きかったです。調査中は強力な日焼け止めを何重にも塗ってサングラスをして頭も顔も布で覆いますが、年齢の割に顔にシミが多くなってしまいました。フィールドワーカーの勲章と、前向きに捉えるようにしていますが、時々レーザーで消してしまいたいなと思ったり、いやどうせまたすぐできると逡巡したりしています。そして、まだ三十代のうちに、白内障が始まってしまいました。紫外線を多く浴びると早くに発症するようです。医師に「外でスポーツなどをされていますか?」と問われて、「ええっと、赤道直下の海などで乗船調査を……」と答えました。紫外線、要注意です。

中国の沿岸におけるシナウスイロイルカ調査
マレーシアのランカウィ諸島における調査仲間と。機材等のため荷物が大量

──研究の成果を論文や本にまとめるまでの苦労や工夫をお聞かせください。

以前は、論文にまとめることに苦労を感じなかったのですが、最初の妊娠をしてから最後に授乳が終わるまでの5〜6年間は全然頭が回らず、冴えず、その間に論文ネタを溜めすぎてしまい、過去のデータと現在進行形で取得中のデータが混在して今はとても苦労しています。今後、加速して執筆、出版をしていきたいです。

学術誌ではなく本であったり、日本語で残る文章については、どう書こうかアイディアが降ってこない時が時々あり、執筆速度に波がある点がとても悩ましいです。どうしてもお茶を淹れる頻度が高くなったり、窓の外を眺めたり掃除をしたりする時間が増えてしまいます。

──若者におすすめの本についてコメントをいただけますか。

「河合塾のみらいぶっく」というサイトに個人ページを作成していただき、そちらにいくつかおすすめの本を書いてございますので、ぜひご覧ください4

京都大学の学生と一緒に研究をしていると、やはり基礎的な国語力、文章力が高いなと思うことがよくあります。しかし、このような力は一朝一夕で身につくものではありません。読書がお勧めです。以前、所属するバイオロギング研究会の講演会で高校生・大学学部生の質問に答える機会があり、その際に東京大学の先生も読書習慣をお勧めしていました5

──これから研究者になろうとする人にひとことお願いします。

研究者になる道は、正直いばらの道だと思います。イルカのような野生動物の研究分野だと、産業などと結びつきにくいのでなおさら容易ではないかもしれません。博士号はスタートラインで、ポスドク(任期付の研究員)までは行けても、その後パーマネントポストの椅子に座るためには、実力だけでなく運とか縁といったよくわからない力も働くように見えます。お給料も、同じ大学卒業生の平均年収と比べるとそれほど多くないかもしれません。しかし、それらと引き換えに、自由に研究をする権利を得ることができます。この権利は、プライスレスです6

ドローン調査の様子

ドローンで撮影したスナメリ

──これからの野望をお聞かせください。

野望、と辞書を引くと「分不相応な大きな望み」と書いてありました。分不相応でよければ、もっともっと面白い研究をしたいです。面白い研究というのを一言で説明するのは難しいですが、誰も知らなかった動物の行動や生態、その意味、それから、多くの生物に共通するようなルールを見つけることかなと思います。このような研究を通じて、子供たちが「動物ってすごいな!おもしろいな!」と思ってくれたら、この上なく嬉しいです。そして、人間だけでなく野生動物、ひいては地球にとってより良い未来に少しでも貢献できればいいなと思っています。

(2024年2月2日)

  1. 騒音が生物に与える影響の評価に関しては、研究所のウェブサイトに公開したニュース記事もご覧ください。「人間活動がスナメリの行動に与える影響の一端を解明─船舶音の有無、昼夜の違いに応じたエコーロケーションクリックの特性変化」(https://kyoto.cseas.kyoto-u.ac.jp/news/2023/09/20230914/)。 ↩︎
  2. 飼育施設での生物のストレス評価に関しては、次のニュース記事もご覧ください。「軟骨魚類のテロメア長と酸化ストレスを検出」(https://kyoto.cseas.kyoto-u.ac.jp/news/2022/11/11-3/)。 ↩︎
  3. 「自分の決断を信じ、決定木でたどり着いた先はイルカの研究者!」、京都大学男女共同参画推進センター「キャリアストーリーを知る:女性研究者インタビュー」(https://www.cwr.kyoto-u.ac.jp/story/researcher/mystory1_5/、所属等はインタビュー当時の2021年のものです)。  ↩︎
  4. 「海中に広がるイルカたちの音の世界 音からその生態を知る」、河合塾「みらいぶっく:学問・大学なび」(https://miraibook.jp/researcher/ss23089)。 ↩︎
  5. 詳細はこちらをご覧ください。「Q&Aコーナー」、日本バイオロギング研究会(https://japan-biologgingsci.org/home/qa%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC/)。  ↩︎
  6. 研究の楽しさや難しさについては、以前に所内で行ったインタビューでも答えていますので、ぜひご覧ください。「生きものを研究・教育すること:その多様な視点とアプローチ」、CSEAS座談会(https://www-archive.cseas.kyoto-u.ac.jp/newsletter/jp/06/06_roundtable.html)。 ↩︎

本記事は英語でもお読みいただけます。>>
Interview with Satoko Kimura, “Unraveling the Mysteries of
Living Creatures through Sound—My Que Será, Será Story”