国際制度論に魅せられて:世界の研究者との対話から – CSEAS Newsletter

国際制度論に魅せられて:世界の研究者との対話から

Newsletter No.81 2023-11-08

高橋知子さんインタビュー

略歴
高橋知子氏は京都大学東南アジア地域研究研究所の助教。またWZBベルリン社会科学センターのグローバル・ガバナンスユニットの客員研究員を務めた(2023年9–10月)。東京大学で博士号(学術、2023年)、修士号(学術、2018年)、学士号(法、2016年)を取得し、またシカゴ大学で修士号(国際関係論、2020年、Honors)を取得。国際制度において、国家がいかに規範を提案するかについて、国家間パワーのダイナミクス、連合政治、および主権をめぐる概念の面から、統計分析やアーカイブ調査で研究している。博士論文は、国連総会における中国のスポンサーシップ行動に関するものである。

──ご研究について教えてください。

政治学(ポリティカル・サイエンス)、そして特に国際関係論の分野で研究しています。数多ある政治的現象のなかでも、私は、国際連合のような組織(国際機構)や、国家間が取り結ぶ条約等を指す、国際制度について取り上げています。

一見すると、美しい国際協力をめぐるトピックのように見られがちですが、例えば環境を保全するために、特定の物質の使用を禁止する合意形成がなされると、それを原材料とした商品をつくっている産業は大打撃を受けます。こうした産業が経済的に大きな利益をもたらしている国の政府であれば、その合意には反対するかもしれません。このように、複数国が共通の合意を作っていく時には、各国が自らの利害を念頭に交渉し、妥協していくことが必要となります。そしてこうした議論を理解・展開するには、国際会議場での交渉のみならず、各国に固有の事情も把握している必要があります。

私が博士論文の時から取り組んできた一つ目のプロジェクトでは、国家が、そうしたアリーナにおいて、新しい規範やルールを提起する時の行動原理について探求しています。第一に、(1)大国は、ライバル国との国力を比較し、常に相対的に優位に立とうとすると言われてきましたが、それでも一定の軍事力や経済力の追求を制限することについて、提案するのはどのようなときか。また、(2)国際交渉では他国の票や支持を得られなければ合意形成にはいたらないところ、そうした連合相手の利害をいかに考慮するのか・しないのか。そして、(3)西欧の文脈で生まれたとされる国際制度では、ある程度政府が国際的な取り決めに従うという点で、政府の裁量権を失うわけですが、この点を、長い間植民地化・周縁化されてきた途上国等はいかに考えるのか。国家主権をめぐる概念が、合意形成に影響を及ぼすのか、あるいはレトリック上の問題に過ぎないのか。以上の三点を、私は統計(特に回帰分析やネットワーク分析)と多言語の史資料を用いた手法で研究してきました。また、新しいプロジェクトとして、国際公務員が、自らの出身国等の政策の影響を受けるのか・受けないのかといった論点にも取り組んでおり、今後は、インタビュー調査も活用していきたいと思っています。

総じて、一般化できる理論や仮説を打ち立てて試すことに取り組んでいるのですが、実証する際には、中国と、その連合相手としてのグローバル・サウスの国々に注目してきました。この点において、比較政治学や地域研究の文献も追っており、またアジアの観点から、この分野にいかに貢献できるのか、日々考えています。

──研究の道に進んだきっかけや、今のご研究に至った経緯について教えてください。

紆余曲折を経ましたが、今振り返れば、三つの要素が大事だったと思っています。第一に、世界の平和に携わりたいという思いは、今も昔も変わっていません。小学生までは、ベトナムと中国の国際学校に通い、日本の学校への体験入学も含めれば、6校くらいを転々としたのですが、子供心に思ったのは、「どの国・地域の人も良い友達になれる」ということでした。国際学校では、欧州・英・米・豪・中東・アフリカ・東アジア・東南アジア・南アジア出身の友達が、混在していましたが、お互いについて先入観のない子供たちが、行事や宿題を前にすれば、皆同じように笑ったり困ったりする人間であるということを実感しました。しかし9・11のテロ事件が起き、日中関係の難しさも目の当たりにし、人間社会のつくる国家やメディア等、「制度」というものが、良くも悪くも現実を複雑にしているらしい、ということに、関心を持つようになりました。

第二に、どの角度から、世界の平和に携わりたいか、という点です。いざ職業を選択する段となり、私は、自ら外交や、国際的な協力に携わりたいと思いながらも、東京大学の法学部時代のゼミへの参加で、時空を超えて多様な人と学問的に対話をすることの楽しさを学び、両者が実現できる仕事はないか、考えていました。東京大学の総合文化研究科の修士課程に進学し、スイスのジュネーブ国際・開発高等研究所に留学する機会を得たのですが、その過程で国際制度論の論文を読む機会があり、国際協力の設計を考える学問分野があるということに、感動を覚えました。

第三に、どういう仕事の仕方が自分にとって好ましいか、という点です。研究の道に進もうと決めて以降、シカゴ大学で二つ目の修士号を取得し、東京大学の総合文化研究科にて博士号を取得するに至りましたが、先生方、周りの先輩や同期の友人から、論文上の対話と同じくらい、それらの筆者と一人の個人として直接議論することが望ましいということを学びました。論文の関心や背景は常に研究コミュニティのコンテキストの中に存在しており、どうしても紙面上ではそうした情報が抜けてしまうからです。さらに、定量分析や、異なる専門性を活かすという意味で、世界中の研究者と、国の属性に関係なく共同研究をすることが増えており、各国に旅をしながら仕事ができることは、自分にとって大きな魅力でした。また研究では、直接現実には携わらない一方で、立場に縛られず、個人として研究課題に取り組む自由があり、将来にわたって、出版という形で自分の考えを伝えていけることも、醍醐味だと思っています。

──理想の研究者像を教えていただけますか。

手法やアイデンティティに囚われることなく、常に「自分の」議論を、「証拠」と共に、その「制約」も明示しながら淡々と論じられる人だと思います。第一に、政治学では、日々定量的な分析手法が開発されています。こうした発展を日々追い、活用しながらも、事例分析等で、証拠とともに、真髄をついた議論をしている場合は、その手法に拘泥せずに、広く対話できることが大事だと思っています。また政治的志向等のアイデンティティは勿論のこと、筆者の属する研究コミュニティ(国・地域)に囚われず、ロジックと実証をもって、研究し対話していく世界になれば、と考えています。第二に、「自分の」議論というのは、世の中のホットイシューは把握しながらも、言説やトピックに流され過ぎず、また先行研究や他人の研究ともしっかり線引きをして、自分(共著の場合は自分たち)が生み出している議論は何であるのか、それも確たる「証拠」をもって、示す人でありたいと思います。最後に、研究によって打ち立てられる議論には常に制約がつきものであり、それについて謙抑的にありたいと思います。また当然のことながら、自分の研究の在り方や、それが持つインプリケーションについて、倫理的に望ましい内容であるのか、常に自省しながら研究していきたいです。

──研究の成果を論文や本にまとめるまでの苦労や工夫をお聞かせください。

これは日々苦労していることでもありますが、論文であれば掲載される雑誌の属性(いかなるテーマや手法を取り上げる雑誌であるか)によって、オーディエンスが変わるので、自分が一度書いた研究の表現を変えていかねばならないところが、思っている以上に大事ですが、大変です。また、どのような先輩の政治学者にお話を伺っても、トップジャーナルは採択が非常に狭き門のところ、リジェクトされることに慣れて、めげないことが何よりも大事、ということで、自分も頑張っていきたいと思います。

PIPC学会での発表

──調査や執筆のおとも、マストギア、なくてはならないものについて教えてください。

パソコンと定量分析のためのソフトウェア(私はRを使っています)に加えて、Zoteroのプラットフォーム、Caran d’Acheのシャープペンシル、そして小さなノートブックが、私にとっては必需品です。Zoteroは、これまでに読んだ先行研究と、それについての自分のメモがすべて格納されているオンラインサーバーという意味で重要で、これによって、学会や研究でどこに旅していても、参照することができます。一方、デジタル化が全てではなく、他の研究者と活発に意見交換をするときには、手書きのメモを取ることが効率的だと考えており、その意味で文房具も必須です。シャープペンについて、Caran d’Acheというのは、ジュネーブのお気に入りのブランドです。中学生のときに、何かのキャンペーンの機会に無料でいただいたことをきっかけに使い始め、その9年後に、国際制度について学び、国連でインターンをするために、ジュネーブを訪れたのは、本当に偶然です。

──若い人たちにおすすめの本はありますか?その理由も教えてください。

若い方が何を求めているかにもよるので、難しい質問です。しかし、しばしば、政治学(ポリティカル・サイエンス)は、時事的ニュースを追って、現状を分析する分野だという誤解を受けているので、研究する意義を示す本として、A. ゲタチュー(Adom Getachew)のWorldmaking after Empire: The Rise and Fall of Self-Determination (Princeton University Press, 2019年)をお勧めしたいと思います。この本は、筆者がアフリカ地域主義の失敗と呼ぶものについて、当時の沢山の思想家の声を集め、国家樹立との相克を描くものです。学界の外では、特定の「事実」を描くときに、どうしても異なる目的や制約が存在し、例えばこのトピックであれば、情報集約主体のないような政府間の試み、ましてや「失敗」とされる試みは見過ごされてしまうのではないかと思いますが、ゲタチューの叙述によって、それが掬い上げられています。政治思想の分野に限らず、この本を通じて、政治学の諸分野が、世界で看過されている事実や、現実には存在しなくとも、可能性のある選択肢を通じて、政治をめぐる時空を超えた理論(考え方)を提示するという役割を持っていることに気付いていただけるのではと思います。従って、研究対象は無限大で、結果的に時事的なテーマを事例で扱う研究もありますが、中世の史料から衛星画像まで、あらゆるものが実証に使われるようになっています。

──これからの目標、野望をお聞かせください。

私は恒常的に研究論文を執筆し、まずは何よりも国際制度論の分野に貢献できる研究者でありたいです。その際にはまた、世界中の研究者と対話を続ける人でもありたいです。これは、紙面上のみならず、廊下やZoomでのちょっとした会話も、面白い理論や共同研究へと発展すると思っているからです。

(2023年10月24日)

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“Smitten with the Theories on International Institutions:
From Dialogues with Scholars from around the Globe”
Interview with Tomoko Takahashi