翟 亜蕾(開発経済学、地域研究)
先日、CSEASに数名の海外研究者をお招きした。その中には夫婦で参加された方がおり、4歳になる小さなお子さんを連れていらした。セミナーの間に利用できる託児施設を一緒に探したものの、英語対応が難しかったり料金が高すぎたりして、結局、子どもも会議室に同席することになった。3時間というのは小さな子どもにとってあまりにも長く、途中で落ち着かなくなる場面もあったが、印象に残ったのは子どもの声ではなく、会場の雰囲気だった。参加者全員が驚くほど寛大で、温かく見守ってくださったのである。むしろ子どもの存在が場をやわらげてくれる──そんな感覚さえあった。
この光景から、私は1980年代末の日本に起こった「アグネス論争」を思い出した。歌手のアグネス・チャンさんが産後まもなく仕事に復帰し、赤ちゃんを連れてテレビ収録に臨んだことが大きな社会論争を巻き起こした。当時、多くの人々はそれを「わがまま」や「非常識」と批判した。しかし数十年を経て、私の目の前にあったのは正反対の光景だった。かつて非難の的となった行為が、今は受け止められ、理解されている。この変化は、母親たちの長年の努力によって社会が変わった証なのか。それとも、子どもがあまりにも少なくなった社会では、人々がやむなく「寛容」を学ばざるを得ないからなのか。
こうした問いは、イギリスの人口学者ポール・モーランドの新著『誰も取り残されない:なぜ世界にはもっと子供が必要なのか』(原題No One Left: Why the World Needs More Children、邦訳は未刊行)とも響き合う。彼は出生率の低下は単なる統計数字ではなく、家庭のあり方や私たちの感情そのものに関わる現象だと説く。著書の中で彼は自らの孫に触れ、「最初の二人の孫が、多くの孫たちの始まりであってほしい」と記している。その個人的で温かな言葉に触れ、人口問題が経済や政策だけでなく、家族の希望と不安に直結していることを改めて思い知らされた。
私自身の研究でも、このパラドックスを中国で確認している。つい先日Journal of Family Issues に掲載された論文「高い儒教的家族主義への帰属意識と低い出生意欲:中国で最も低い出生率の都市からの実証」(原題High Confucian Familism Adherence but Low Fertility Intentions: Evidence from the Lowest Fertility Rate City in China)では、中国で最も出生率が低い都市・天津を対象とした研究成果を報告した。実証の結果、人々は依然として「多子多福」といった伝統な価値観を強く肯定しているにもかかわらず、実際の出生意向はそこから大きく乖離していることが明らかになった。
中国以外でも同様の傾向が見られる。とりわけ東南アジアの華人社会では、旧来の言葉「多子多福」は正月の食卓で今も響くものの、それは花火のように一瞬の輝きにすぎず、もはや日常を導く指針ではなくなっている。シンガポールの合計特殊出生率は長年1.0前後にとどまり世界最低水準にある。マレーシアでは華人の出生率が他民族より低く、タイでは華人に特化した統計は乏しいが、バンコクのBTS駅構内では語学塾やSTEM教室の広告、インターナショナルスクールの看板が目につく。学費の分割払いを示す文字が、親の足を止める。親たちは一人(あるいは少数)の子どもに資源と労力を集中させ、厳しい競争社会を生き抜かせようとしている。
京都から天津へ、さらにバンコクへ。少子化は、会議室のそわそわ動く子の気配にも、統計表の陰にも、BTSの長い廊下に続く塾のポスターにも、私たちの日々の選択にも静かに息づいている。結局のところ、人口ピラミッドでは語り尽くせない。伝統と不安を抱えながら、家族と社会がどう生き、何を選ぶのかの物語である。
(イラスト:Atelier Epocha(アトリエ エポカ))
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“Notes on Low Fertility from the CSEAS Seminar Room”
by Zhai Yalei


