高橋 知子(国際関係論)
新しい現象:グローバル・サウスという「主役」
国際関係論は、近代外交において、紛争がいかに平和裏に解決できるかを論じるところから確立した分野です(Carr 1939)。当初は、第一次世界大戦を経て、独立した主体として外交の場に登場できるのは、西欧の価値観において、「文明的」と認められる国家に限られていました。したがって、そもそも国際関係論の分析では、植民地は主語として扱われることはなく、あくまで支配する対象、援助をする対象、というように、特定の文脈のなかで出てくる存在でした。第二次世界大戦後、次第にこれらの地域も国家として独立を果たし、「発展途上国」として独自の外交を展開しますが、今度は冷戦の文脈において、対立する大国が、自らの陣営に引き込む対象となってしまい、あまり主体性を発揮できないまま「第三世界」として時間が過ぎます。また、国際法上は独立国家であっても、自由主義経済において、あまり恩恵を被れない状態が続き、「南北問題」と呼ばれる格差にも苦しみます。
以上の状態がようやく解消されるのは冷戦後で、大国に追随する外交政策ではなく、国連総会等のマルチ外交の場において、各国が、国のサイズに関係なく一票を持って交渉することが活発になってからです。無論、最終的には大国の拠出金次第で、ルールが実行されるかが変わったり、大国が票田を援助等で「買って」、自分の国益に見合う投票行動を中小国に取らせたりすることもあります(Vreeland and Dreher 2014)。それでもなお、大国が途上国の顔色を窺わなくてはいけなくなり、また、途上国が、G77といった連合を組んで、新しい意見を打ち出すことが増えたり、途上国から経済新興国として成長したりと、これらの国の主体性を研究する必要が日々高まっています。さらに、これらの国の盟主と解釈されることも多い中国やインドが、益々経済・軍事的に台頭もしてきました。今度は「先進国」から、自分たちのつくってきた国際秩序が塗り替えられるのではないか、という心配まで出てきたのです(Tocci 2023)。
上述のように周縁化されてきた存在を「グローバル・サウス」と定義する例にならい(Armillas-Tiseyra and Mahler 2021)、ここでは、特にそうした国・地域について、グローバル・サウスと呼びます。
新しい理論の要請:グローバル・サウスと研究者の「距離感」
冷戦中より、国際関係論者のなかでも、歴史学・地域研究・政治思想・比較政治などの成果を参照し、バンドン会議や非同盟運動、新国際経済秩序など、グローバル・サウス諸国が国際情勢にいかに関わっているか(Brazinsky 2017; O’Malley 2020; Peterson 2006; Shimazu 2014)、そしていかに国際秩序を形成することに失敗しているか(Getachew 2019)、は研究されてきました。しかし、マルチ外交や、そこで形成される国際制度(国際組織や国際法)を通じて、グローバル・サウスが国際秩序に実際に影響を持ちうる主体となるのは、新しい現象であり、これを分析する国際制度についての新しい理論が求められています。
新しい理論構築の一歩前の段階として、従来は、欧米や先進国の行動を念頭に、国際的なルールや規範を形成する時の国家の利益の計算や、国際制度のデザインが理論化されてきたところ(Abbott and Snidal 2021; Koremenos et al. 2001)、本当にグローバル・サウスの行動もこれらの理論で説明できるのかを問い直す研究が出てきました。既存の理論がグローバル・サウスの行動を上手く説明していて、これらの諸国も制度の利用に馴染んでいくと主張する人(Johnston 2008)、グローバル・サウスは制度の理想主義と現実の乖離に直面しつつ、それを活用するに至ったという言説(Shaffer et al. 2015; Manela 2007)、あるいはまた、初期の制度形成には、植民地だったため参画しておらず、帝国主義のロジックとして国際制度が利用された過去など(Chesterman 2016)、グローバル・サウスの特有性を主張する研究者もいます。これらの論者に共通しているのは、比較政治・地域研究のアイデンティティが強く、理論はそれに付随するものとして考察している点です。また別の見方をすれば、グローバル・サウスに注目する時点で、研究対象の脱・周縁化を支持するモチベーションが根底にある場合もあるのかもしれません。
しかし上述した通り、現代のグローバル・サウスはもはや周縁化された存在ではなく(Eslava and Pahuja 2020; O’Malley and Thakur 2022)、オランダのライデン大学で、アランナ・オマリー准教授の主催した「国連とグローバル・サウスをめぐる見えない歴史」研究会(研究会名の和訳は筆者による)に、2022年10月に参加して以来、この想いは強まりました。歴史学の進展に対応して、国際関係論でも、グローバル・サウスの行動を一般化・理論化して語る要請に迫られていることから、私はこれに個人研究としても(Takahashi 2021)、また共同研究としても貢献したく考えています。後者では、2024年6月19日に、東南アジア地域研究研究所にて、オマリー准教授の講演会「不確定な自決権:国連におけるグローバル・サウスの反植民地主義連帯のその後」(和訳は筆者)と、ラファエル・カーン助教、周源博士、フアン・アセベド氏とともに、自分たちの共同研究の初期の成果の報告会「変動するグローバル秩序における中国とインドのグローバル・サウスへの眼差し」(和訳は筆者)を開催しました。
またこの際、一個人としていかに実証対象と適度な「距離感」を保つか、日々考えています。この背景として、学部時代の恩師の羽田正先生(東京大学名誉教授)に、「日本人だから、自分だから出せる独自性を忘れないように」と言っていただいたことがあります。これを受けて、先進国でもありアジアでもある日本という場所で研究する醍醐味は、欧米にもグローバル・サウスにも近いことにあるのではと考えるようになりました。これにより両地域の人的ネットワークや資料にアクセスでき、両者の公平な分析が可能となると考えます。まだグローバル・サウスの行動に基づいた新しい理論がつくられていないのなら、既存の理論が欧米を実証対象として生まれたのと全く同じように、ゼロから行動についてデータを集め、場合によっては定量化して分析し、知見として出していくことが可能なのではないか、と考えています。
参照文献
Abbott, Kenneth W. and Duncan Snidal, eds. 2021. The Spectrum of International Institutions: An Interdisciplinary Collaboration on Global Governance. London and New York: Routledge.
Armillas-Tiseyra, Magalí and Anne Garland Mahler. 2021. “Introduction: New Critical Directions in Global South Studies.” Comparative Literature Studies 58 (3): 465–84.
Brazinsky, Gregg. 2017. Winning the Third World: Sino-American Rivalry During the Cold War. Chapel Hill: The University of North Carolina Press.
Carr, Edward Hallett. 1939. The Twenty Years’ Crisis, 1919–1939: An Introduction to the Study of International Relations. New York: Perennial.(E. H. カー著、原彬久訳『危機の二十年:理想と現実』岩波文庫、2011年)
Chesterman, Simon. 2016. “Asia’s Ambivalence about International Law and Institutions: Past, Present and Futures.” European Journal of International Law 27 (4): 945–78.
Getachew, Adom. 2019. Worldmaking after Empire: The Rise and Fall of Self-Determination. Princeton University Press.
Eslava, Luis and Sundhya Pahuja. 2020. “The State and International Law: A Reading from the Global South.” Humanity: An International Journal of Human Rights, Humanitarianism, and Development 11 (1): 118–38.
Johnston, Alastair Iain. 2008. Social States: China in International Institutions, 1980–2000. Princeton and Oxford: Princeton University Press.
Koremenos, Barbara, Charles Lipson, and Duncan Snidal. 2001. “The Rational Design of International Institutions.” International Organization 55 (4): 761–99.
Manela, Erez. 2007. The Wilsonian Moment: Self-Determination and the International Origins of Anticolonial Nationalism. Oxford, New York: Oxford University Press.
O’Malley, Alanna. 2020. “India, Apartheid and the New World Order at the UN, 1946–1962.” Journal of World History 31 (1): 195–224.
O’Malley, Alanna and Vineet Thakur. 2022. “Introduction: Shaping a Global Horizon, New Histories of the Global South and the UN.” Humanity: An International Journal of Human Rights, Humanitarianism, and Development 13 (1): 55–65.
Peterson, M. J. 2006. The UN General Assembly. London and New York: Routledge.
Shaffer, Gregory, James Nedumpara, and Aseema Sinha. 2015. “State Transformation and the Role of Lawyers: The WTO, India, and Transnational Legal Ordering” Law & Society Review 49 (3): 595–629.
Shimazu, Naoko. 2014. “Diplomacy As Theatre: Staging the Bandung Conference of 1955.” Modern Asian Studies 48 (1): 225–52.
Takahashi, Tomoko. 2021. “Rising and Leading: China with the G77 at the United Nations General Assembly (October 1, 2021).” Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=3944408 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.3944408.
Tocci, Nathalie. 2023. “War in Ukraine Is Revealing a New Global Order—and the ‘Power South’ Is the Winner.” The Guardian, September 20. Last accessed on September 17, 2024 at: https://www.theguardian.com/commentisfree/2023/sep/20/war-ukraine-new-global-order-power-south-india-china.
Vreeland, James Raymond and Axel Dreher. 2014. The Political Economy of the United Nations Security Council: Money and Influence. Cambridge University Press.
アイキャッチ画像:
Concept puzzle with flags of the world and the United Nations in a highlighted piece
(ktsdesign — stock.adobe.com)
本記事は英語でもお読みいただけます。>>
“When International Relations Talks about the Global South”
Tomoko Takahashi