ショーン・マッキー(考古学)
パリンプセスト palimpsest
以前に記された字句を部分的または完全に消去した羊皮紙などの獣皮紙の表面に、新たに字句を記した写本。[1]
このエッセイでは、風景を、土壌や植生、地形、岩石や遺跡、破片や土器片、見えるものと隠されたものなどの言語で書かれたテクスト──写本として、考古学的にとらえます。これら独特の言語や、文書・地図・画像などの記録は、私たちが過去を読み解くことを助けます。考古学者は探偵あるいはタイムトラベラーさながら、不完全な遺物を砕けたレンズ越しに探究しますが、ヒントは多くの場合、目に見えるところにあります。
次に研究所の中庭を通る際に、稲盛財団記念館の手前で図書室の外壁を見上げてみてください。隣り合う窓の高さ近くにある、くぼんだセメントで固められ一風変わった並びの煉瓦壁に縦に落ちる陰影に注目すると、かつてここに、北側へ伸びる境界壁があったことがわかります。中庭から稲盛のホワイエを抜けて通りへ出ます。横断歩道を渡って鴨川沿いに南へ歩きながら、道が築堤になっている様子、土壌の侵食により瓦礫が剥き出しになっている様子が観察できます。瓦礫には明治時代から昭和初期(1869~1930年代頃)の煉瓦や20世紀のコンクリートが含まれており、これら風景の細部が、より大きな歴史の中にあることがわかります。
パガン、アユタヤ、マジャパヒト、チャンパ、大越、アンコールなど、東南アジアモンスーン地域の古代王朝は、森林や洪水、歳月の経過によって往時の姿を隠してしまっています。運河や貯水池、堤防など残された巨大建造物による風景が示すのは、私たちが知覚できる範囲を超えて広がる地域の文化です。
1920年代には、フランス領インドシナで極東学院(EFEO)の研究者たちが空軍機を用いてこれらの障害を取り除こうとしました。そして第一次大戦期に開発された航空写真(空撮)技術が遺跡や風景に応用されます。カンボジアとベトナムでは、ヴィクトール・ゴルベウ(Victor Goloubew)とジャン=イヴ・クレイ(Jean-Yves Claeys)が航空写真を使ってアンコール、チャーキュウ、オケオの各遺跡を撮影しました。CSEASの地図・資料室が所蔵するウィリアム・ハント・コレクションは、第二次大戦期から戦後(1944〜47年)にかけて撮影された航空写真のアーカイブで、対象はタイ、カンボジア、その他の地域の遺跡にわたっています。
2013年から2015年にかけて、ダミアン・エヴァンス(Damian Evans)博士はカンボジアで航空機搭載LiDARによる一連の調査を行い、アンコール遺跡の風景に関する従来の理解を一新しました。LiDAR(light detection and ranging、光による検出と測距)は、レーザーを使って点群データを収集し、デジタルの地形モデルを作成する方法で、植生を取り除き、その下にある地形を可視化することができます。カンボジア全土で約2230km2のデータが収集されました。私が携わったカンボジア考古学LiDAR計画(CALI)や他のプロジェクトでは、これらの成果を取り入れた重点調査と発掘プログラムを作り上げました。
考古学における航空写真のパイオニア、O.G.S.クロフォード(O. G. S. Crawford)は、風景をパリンプセストと呼びました。航空写真とLiDAR地図は、重なり合い、絡まり合い、のみ込まれ、隠され、「部分的にまたは完全に消去された」風景の特徴を露わにします。それらはある時代の姿を、また歴史の痕跡を示しているのです。
(イラスト:Atelier Epocha(アトリエ エポカ))