出版から学術の未来を考える – CSEAS Newsletter

出版から学術の未来を考える

Newsletter No.81 2024-01-10

設樂 成実(学術出版)

むかしむかしまだ英文学科の学部生であったその夏、私は途方に暮れていた。ナサニエル・ホーソンについてのレポート課題が出ていたものの、テーマが全く思い浮かばずにいたのだ(ああ、『緋文字』のホーソンね、とおっしゃる方がいたら密かに嬉しい)。そんなとき、祖母の家の本棚にとある大学の紀要を見つけた。古いページをめくるうちに思いがけずホーソンに関する論文を見つけ、小躍りしたのを覚えている。これがおそらく私が学術誌というものを初めて意識した時だった。そして時は流れ卒業式の日、大学から渡された袋には卒業証書とともに英文学会の雑誌と入会案内が入っていたように記憶する。今思えばこれが学術誌の仕組みが少しわかった瞬間だった。

以上はまだ90年代の話で、その後ICTや電子ジャーナルの進展に伴い学術出版をめぐる状況は大きく変わった。便利になった反面、価格は上昇し続け、その打開策としてオープンアクセス運動が進んだもののAPC(論文掲載料)やハゲタカジャーナルの出現など様々な問題を生み出してきた。有田正規氏による『学術出版の来た道』(岩波科学ライブラリー307、岩波書店、2021年)は、変化を続ける学術出版の歴史や課題を取り上げている。投稿から査読・編集に至り論文ができる工程、学会出版や商業出版の始まり、メディア王ロバート・マクスウェル(Robert Maxwell)がもたらした学術出版の構造変化、そして学術誌のランキング化や商業化がもたらした問題などについてわかりやすく解説されている。学会誌、紀要、国際誌……などと言われても研究者以外にはピンと来ないかもしれない。シリアルズ・クライシス(学術誌の高騰)については新聞で取り上げられたこともあるが、世間の関心の高まりは感じない。研究者の間でも学術出版を巡る問題は編集や図書館運営に関わっていない場合には意識する機会が少ないかもしれない。しかし、研究は社会の発展に貢献するものであり、学術誌は研究を支える重要なメディアであることを考えると、学術誌の未来は学術界の垣根を超えて広く社会で考えてゆくべきだろう。そのために学術誌の現状や課題の理解は欠かせず、本書は研究者に限らず広くお薦めしたい一冊である。

有田氏は、ヨーロッパは今も商業出版に対する批判やオープンアクセス化の中心であり、学術出版に関する様々なトピックについて知識人コミュニティで盛んに議論がされているとする。対してアジア諸国では「欧米が用意した体制に合わせることが目的化しているようにみえる」(p. 41)と指摘する。プランS、権利保持戦略、オープンライセンス、転換契約……。自身を顧みても、欧米から次々出される指針のキャッチアップで手いっぱいであり、この言葉は非常に重く感じた。非欧米圏で学術誌の運営に携わる一人として何ができるのか、いや何をすべきなのか──。自身の課題として考えていきたい。

(イラスト:Atelier Epocha(アトリエ エポカ))

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“Considering the Future of Academic Publishing”
by Narumi Shitara