見知らぬ人々の善意で世界を知る:ベトナム高地の多面的な風土 – CSEAS Newsletter

見知らぬ人々の善意で世界を知る:ベトナム高地の多面的な風土

Newsletter No.81 2023-10-11

呉昀熹さんインタビュー

呉昀熹(Wu Yunxi)氏は国際的な農業経済、持続可能な農村開発について学際的研究を行う。中山大学で文学学士号を取得し副専攻で観光計画管理を学んだ後、国立台湾大学の地理学研究科で理学修士号を取得。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科で地域研究の博士号を取得し、2022年に京都大学東南アジア地域研究研究所機関研究員に着任。

──ご研究について教えてください。

私の研究は、農業のグローバル化がベトナム山岳地域における農村の変化に与える影響に焦点を当てています。グローバル化の時代には、農産物サプライチェーンは国境を越えた再編の途上にあり、農業投資や参加者、地域間の相互依存関係の多様化をもたらしています。このダイナミックな状況は、歴史的、社会経済的、政治的に形成された越境的な農業ビジネスの投資国と受益国の間の相互作用を促し、国際的な商品チェーンを絶えず再編し、関与する各グループに様々な影響を及ぼしています。私は特に農産物食品分野における越境的な中小企業の動きと、投資を受け入れる受益国としての開発途上国との関係に関心があります。二国間または多国間の視点から、さまざまな利害関係者間の相互作用を検討し、産業の変化や国際的な投資活動を詳しく調査しています。また、これらの投資を受益する社会や国にもたらされる影響についても調べています。

博士課程では、台湾の投資家がベトナム山地部の開発途上地域で導入したウーロン茶産業の詳細な調査を行い、台湾の国際投資家が自国とホスト国の双方で果たす多面的な役割を分析しました。この分析を通じて、台湾の投資家と地域のステークホルダーの関係や両者の共生モデルを明らかにし、資源に乏しい地域において、海外直接投資(FDI)が周縁集団に与える直接的な、またより間接的な利益やリスクを強調しました。この経験が、中小規模のFDI活動の潜在力の大きさをよりよく理解するという現在の研究関心につながっています。 最近では、研究の範囲を企業の社会的責任(CSR)、地域のエンパワーメント、グローバルな農薬ガバナンス、そして環境の持続可能性へと広げています。特に、外国の投資家と共生的かつ相互依存的な関係を構築することで、地域社会がインフラの課題をどのように克服し、社会福祉をどのように向上させるかを探りたいと考えています。

調査地の景観

──研究の道に進んだきっかけや、今のご研究に至った経緯について教えてください。

台湾での修士課程在籍時には、農村開発をテーマとする多くの学術プロジェクトに参加し、農村社会がさまざまな課題に取り組む姿に出会いました。多くの先進国と同様に、台湾の農村部も人口の減少、都市への移住という2つの大きな波が地域の暮らしに影響を及ぼしていました。さらに、地元の生産コストが高まる中で、安価な農産物の輸入が伝統的な農法にとって大きな脅威となっていました。そしてこのことが、農業放棄や働き手の喪失など、地域の“空洞化”現象を引き起こしていたのです。私が参加した地域活性化プロジェクトのひとつは、伝統的な茶村の再生をテーマにしていました。この取り組みを通して、伝統的な茶農家中心の茶製造と販売から、国際的な原材料の調達への依存度が増してきたという、顕著な開発戦略の変化を感じ取りました。変化の中心には台湾の国際的な投資家の動きがあり、ウーロン茶の原材料の主要な供給源としてベトナムが台頭しつつありました。

私はまずこの変化に興味をもったのですが、その後、台湾人がベトナム側の生産者に対してあからさまに傲慢に振る舞う姿を目にしたことで、その関心はさらに強まりました。一部の台湾の茶農家や消費者は、茶の生産には繊細な技術を必要とするため、ベトナム人の能力を超えている可能性があると信じています。これに対し投資家たちは、ベトナムから輸入した茶原料は台湾出身の有能な生産者の監督のもと、台湾の基準に従って栽培および加工されたもので、その品質は台湾産の茶に匹敵すると主張しています。また、原産地の認証や、台湾市場に出回る多数の食材の中から100%台湾産のものを特定する方法に関する研究が活発に行われています。このような台湾中心の議論や見解は、茶産業にとどまらず、台湾社会全体に影響を与え、タイ、ベトナム、インドネシアなど、東南アジア諸国からの移民に対する差別的な態度にも現れていました。このような根深い傲慢さに直面して、私は未だ訪れたことのない遠隔地の茶栽培者に深い共感と興味を抱くようになりました。

──研究で出会った印象的なひと、もの、経験、場所について、エピソードを教えてください。

私のフィールドワークはベトナム中部高地の最も開発が遅れた地域で進行中で、そこには興味深い物語と印象的な人々が溢れています。この地域はかつて先住の高地民、主に採集を生業とする人々の居住地でしたが、フランスによる植民地支配やベトナム戦争、さらに南北統一国家成立後の組織的移住政策といった歴史的出来事が、低地からのキン族移民の流入を促しました。この流入は、高地民とキン族移民間の社会経済的な格差を広げ、緊張を高めました。台湾からのウーロン茶投資はキン族の村に集中していますが、労働力は先住民に大きく依存しているため、双方のコミュニティは私の研究に不可欠です。初めて先住民の地域にアクセスしようとしたとき、キン族の仲介者からの抵抗という困難に遭遇しました。そのため、私は通訳者と共に独力で先住民の村へのアプローチを試みましたが、そこには外から来る者に対する強い不信感があり、村の番犬による攻撃やインタビューの拒否をはじめ、来る日も来る日も疑念に満ちた雰囲気に直面していました。

雨季の午後は毎日荒天、コーヒー豆はびしょ濡れ

しかし、ある嵐の日の午後に転機が訪れました。インタビュー後、一人の高齢の先住民女性が、雨が止むまでと私たちを自宅に招待してくれたのです。始めは一時的な雨宿りの場の申し出でしたが、その後夕食をともにし、結果として雨季が終わるまでの滞在へと変わりました。この滞在で、私は村の人々の態度が明らかに変わるのを感じました。以前は懐疑的だった村人たちが温かく受け入れてくれるようになり、インタビューは協力的な議論へと進展し、日常的に食事に招待されるようになりました。さらに、以前は敵意を示していた村の番犬たちも友好的に私たちを迎え入れるようになりました。この驚くべき変化に、私はどのような行動が村人との関係を変えたのかを自問するようになりました。

数週間滞在した高齢の先住民女性の山の家

ある夕方、近隣住民との対話を通じてその理由が明らかとなりました。「あなたは私たちと同じ地面に座ることを喜んだ最初の人だ」、「あなたは私たちの茶碗を見下さなかった」、そして「あなたの微笑みは心からの感謝を示していた」。これらは私にとって些細な行為でしたが、キン族や他の特権的なグループと村人とのそれまでの関わりとは異なるものでした。そのような何気ない行為が大きな意味を持つことを知り、彼らが人間的な尊厳と承認を求めていたことを深く理解しました。 この経験から私は、信頼すること、謙虚であることについての貴重な教訓を得ました。見下す視線は優越感の表れであり、身をかがめることは時として恩着せがましく見えるかもしれません。並んで座ることによって真の関係を築くことができるようになります。静かな湖面を観察するように、そこに我々のアプローチが写し出されます。

インタビュー後に村人たちと夕日を眺める

──理想の研究者像を教えていただけますか。

理想的な研究者の特質として、謙虚さ、冷静さ、好奇心、開かれた思考、先入観の排除が不可欠です。謙虚であることで学び続けることができ、冷静さは学問の難局を乗り越える力を与えます。好奇心は根源的な探求を駆動し、新しい考え方を受け入れる柔軟性は、知識の進化に適応します。そして、先入観を持たず、証拠に基づく事実を追求することが、研究の信頼性を保証します。そして、研究者の胸中には深い感謝の心が必要だと思います。研究は孤立したものではなく、多くの人々の具体的な、また目に見えない貢献や信頼に基づいています。そのため、自らが研究に従事する機会に恵まれていることを認識し、その上で探求を続ける姿勢が大切です。理想的な研究者は、共感や無私の思考を持ち、常に他者との連携や貢献を心がける人だと考えます。

──研究の成果を論文や本にまとめるまでの苦労や工夫をお聞かせください。

私の文章は、現場での体験を過度に情熱的に伝える傾向があり、この情熱は、学術論文に求められる論理性や簡潔さを曇らせることがあります。実際、同僚の中には、私のことを半ば冗談で「現場の物語伝道師」と評する者もいます。論文作成時、あるいは現場の発見を整理・分析する際、私は読者に目撃した全ての細部を伝えたいと感じます。しかし、そのことが結果として一つのテーマのもとで統一的な議論を行うことを難しくしてしまうこともあります。物語を学術的な議論にうまく取り込むことは、それらをただの体験談に留めず、学術的な対話における有意義な貢献として位置づける挑戦でもあります。

──調査や執筆のおとも、マストギア、なくてはならないものについて教えてください。

私の古いバックパックは、博士論文の謝辞でも感謝の言葉を捧げた、私にとって特別な存在です。中学2年生の時に母から贈られたもので、軽量かつ耐久性があります。学校への通学から旅行、さらにはフィールドワークに至るまで、様々な場面で私の傍にありました。高校の寄宿生活時代の着替えや、本、課題、家族から受け取った心温まるおやつや栄養満点の弁当を運ぶだけでなく、森林での植物調査や現地調査のためのさまざまなサンプルや検出器材、そして友人やフィールドで出会ったインタビュー相手からの贈り物も収めてくれました。このバックパックは私が訪れたいくつかの大陸を横断し、流氷や壮大な滝、保護林、僻地の村々、そして海岸の果てといった多くの場所を見てきました。これは私にとってかけがえのない旧友であり、心の安らぎと安全をもたらしてくれる存在です。

バックパックをパッド代わりにしてインタビュー

──若い人たちにおすすめの本はありますか?その理由も教えてください。

新進の研究者に向けては、学問分野の境界を越えてイーフー・トゥアン(Tuan Yi-Fu)の『ロマンティック・ジオグラフィー』(Romantic Geography: In Search of the Sublime Landscapeを特におすすめします。この著作は、世界の地形への飽くなき好奇心に駆られた探検家の旅に喩えられます。人間の主観性と現実の地理的環境を巧みに織り合わせ、哲学、心理学、そして人類学という三つの視点から、人と環境の相互関係を深く探求しています。本書は、詩的な明瞭さを持ちつつ、学問の道においても大きなインスピレーションを与えるでしょう。さらに、地理学の多岐にわたる分野や思想を体系的に解説するティム・クレスウェル(Tim Cresswell)のGeographic Thought: A Critical Introductionは必読です。デヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey)の新著The Anti-Capitalist Chroniclesは、資本主義の全世界的な支配を解き明かし、特に2008年の金融危機以降の動向や資本主義に固有の矛盾に注目しています。これは、国際投資の議論を形成する上で欠かせない内容となっています。そして、ベトナムの歴史や地域的背景を深く学びたい方には、クリストファー・ゴーシャ(Christopher Goscha)のThe Penguin History of Modern Vietnamがとても参考になります。これはベトナムの内部体制や、多彩な民族的背景から生まれる複雑さを詳しく解説しています。

──これからの目標、野望をお聞かせください。

多くの人々が社会的な成功をおさめ、賞賛を得ることを目指す中で、私の目標は、一刻も早く有意義な相互関係を築ける人間に成長することです。無数の恩人の支えがあって、私は一般の人々が目にすることのない価値ある経験をし、著名な大学から博士の学位を得ることができました。しかし、私のこれからの野望は、この道のりで私を支えてくれた家族や教師、友人、フィールドリサーチで出会った多くの人々に対して何らかの形で恩返しをすることです。これは単なる願望にとどまらない、私の真の野望に向けた綿密な計画と言えるでしょう。最終的な目標は、こうした関係をさらに深め、持続可能な成長を共に追求すること。私は、相互依存と相互寛容を特徴とする旅の中で、共に成長し繁栄する人々のネットワークを築くことを夢見ています。

参考文献
Cresswell, T. (2013). Geographic Thought: A Critical Introduction (Vol. 8). John Wiley & Sons.
Harvey, D. (2020). The Anti-capitalist Chronicles. London: Pluto Press.
Tuan, Y. F. (2013). Romantic Geography: In Search of the Sublime Landscape. University of Wisconsin Press.
Goscha, C. (2016). The Penguin History of Modern Vietnam. Penguin UK.

(2023年9月12日)

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“Navigating the World via Strangers’ Kindness”
Interview with Yunxi Wu