戦争と米:クリストファー・ゴーシャのインドシナ戦争史からのいくつかの洞察 – CSEAS Newsletter

戦争と米:クリストファー・ゴーシャのインドシナ戦争史からのいくつかの洞察

Newsletter No.82 2024-07-10

ジャン=パスカル・バッシーノ(経済史)

カナダのケベック大学モントリオール校歴史学部に務めるクリストファー・ゴーシャ教授は、20世紀ベトナム史研究を牽引する歴史家として知られています。これまでに12冊の著書と多数の論文を発表、フランス語、英語、ベトナム語の文献史料に精通し、ベトナム植民地支配の終焉をもたらした社会的・政治的諸要因の再評価を行う上で大きな役割を果たしてきました。2022年に刊行された最新の著作『ディエンビエンフーへの道』(The Road to Dien Bien Phu: A History of the First War for Vietnam, Princeton University Press、邦訳は未刊行)では、インドシナ戦争として知られる第一次ベトナム戦争(1945–1954年)について分析しています。

そこでは、旧宗主国と現地協力者、そして初期には消極的だったものの戦争末期が近づくにつれ苛烈さを増したアメリカの援護攻撃にベトミン(ベトナム独立同盟)が抗戦する際、経済的要因が果たした役割が精査されています。戦争は当初、ベトミンが主にゲリラ戦によって抗戦する非対称なものでしたが、1954年のディエンビエンフーの戦いにおいて、フランスが敗れ、冷戦期の実質的戦争としては初めてアメリカの同盟国が敗北しました。そしてこれは1975年のサイゴン陥落におけるアメリカの屈辱的敗戦の予兆となります。

多くの経済史家が、大規模な紛争が起こる際の経済的な決定要因や、第一次世界大戦・第二次世界大戦のように莫大な工業製品の供給を必要とする戦争で優位に立つための国力の役割について研究を行ってきました(Broadberry and Harrison 2005など)。また、軍事作戦を行う資金を調達する際に被占領国の資源がどう使われたかを調べた研究もあります(日本の東南アジア占領政策に関するHuff and Majima 2013など)。しかし、非対称戦争を対象とした研究は、片方の当事者に関わる情報を得ることが難しいこともあり、ほとんど蓄積がありません。

クリストファー・ゴーシャの著作は、それが第一の目的ではないにもかかわらず、インドシナ戦争で経済的要因が果たす役割についてまとまった視点を提供しています。とりわけ、戦争初期において武器の密輸を可能にした東南アジアの国境をまたぐ貿易ネットワーク、点々と勢力を拡大してゆくベトミンとその財政、1949年以降のアメリカと中国の援助、そして戦争の最終局面においてディエンビエンフーの山岳部隊へと届けられた米などの補給路について知ることができます。

これらの要因の重要性は誇張されるべきではありません。(フランス植民地政府が「コーチシナ」と呼んだ)ベトナム南部は、1940年以前は1人当たりの平均所得が圧倒的に高く、所得の格差や貧富の差も、中部や北部よりはるかに大きかったことはよく知られています。しかしベトナム南部は、ベトミンの影響力が最も小さかった地域でもあります。戦争の政治経済については本書第9章「コメと戦争(Rice and War)」に詳述されていて、ベトミンの指導者たちはコメを将軍様(General Rice)と呼ぶなど、その重要性を完璧に理解していました。本書に引用されている文書から、フランス軍司令部も同様の認識を持っていたことがわかります。

ベトミンの軍事作戦の資金源となる収入の大部分は、全面的に、あるいは部分的にでもベトミンの支配を受けることとなった農村部から徴収された土地税が賄っていました。農民は重税に苦しみ、ベトミンは自らの勢力下に入った地域でゲリラ戦を継続するための徴兵や兵站を、そのような生存レベルぎりぎりの農村生活から調達せざるを得ませんでした。一方、ベトミンの支配が及ばない地域では、夜間襲撃により村の穀物庫とともにコメの在庫が組織的に破壊され、フランス軍の報告書に記されているように、農民は「鉄鎚と鉄床(hammer and anvil)」という挟み撃ち作戦に駆り出されたため、植民地当局は軍事要員のかなりの部分を哨戒や兵站などの任務に充てざるを得ませんでした。ベトミン支配地域において焦土作戦が検討されながらも最終的に却下されたという事実は、フランス軍司令部が、長期的なコストは短期的な利益を大きく上回り、作戦が紛争の争点を左右する可能性は低いと考えたことを意味しています。

参照文献

Broadberry, S. and Harrison, M. (Eds). 2005. The Economics of World War I. Cambridge University Press.

Goscha, C. 1999. Thailand and the Southeast Asian Networks of the Vietnamese Revolution (1885–1954). Richmond: Curzon Press.

Huff, G. and Majima, S. 2013. Financing Japan’s World War II Occupation of Southeast Asia. The Journal of Economic History 73(4), 937–977.

(イラスト:Atelier Epocha(アトリエ エポカ))

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“Rice in War: Some Insights from Christopher Goscha’s Historiography of the Indochina War”
by Jean-Pascal Bassino