貴志 俊彦(アジア史)
小学生のときはテレビっ子だった。とくに「兼高かおる世界の旅」は、毎週家族そろっての恒例行事だった。読書は、それほど好きであったわけではない。それでも、木造の図書室で子供向けの冒険小説を熱中して読んでいた。なんのシリーズか忘れたが、全巻読破した記憶がある。
「いつか自分も世界へ」、そうした夢をもつようになった。しかし、夢が遠のくのに、それほど時間はかからなかった。中学生になって大病を患い、冒険どころの騒ぎではなくなったからだ。大学生の頃は、テレビ・ドキュメンタリーの取材で世界中を飛び回っている兄がうらやましかったが、それでも夢を完全に捨てたわけではなかった。河口慧海の『チベット旅行記』、今西錦司編『大興安嶺探検』など、いまになればいろいろと問題点も見えてくるが、若き日に読んだときには、まさに血が騒いだ。
いま、移民史研究やトランスナショナル・スタディーズを研究テーマのひとつにしている。国境を越えて、新しい人生に進むとはどのようなことか探究している。最近読んだ移民史研究のなかでも、とくに熱中したのがペンシルベニア大学のエイイチロウ・アズマさんが書いた『帝国のフロンティアをもとめて―日本人の環太平洋移動と入植者植民地主義』(東栄一郎著、飯島真理子ほか訳、名古屋大学出版会、2022年。原著:Eiichiro Azuma, In Search of Our Frontier: Japanese America and Settler Colonialism in the Construction of Japan’s Borderless Empire, University of California Press, 2019)である。本書は、「太平洋地域進出の展望 1884–1907年」「海外発展の最盛期 1908–28年」「日本帝国の入植者植民地主義の先兵 1924–45年」「正史と未来の創造 1932–45年」の4部構成となっている。冷戦期について触れていないのが残念だが、それにしてもアズマさんによる日系アメリカ人研究と日本の植民地研究の乖離を見逃さず、両者の連鎖を図ろうとする構想に強い刺激を受けた。
私も専門としていたアジア史研究から一歩足を踏み出し、エスニック・コミュニティの視点から太平洋域とアジアとのつながりについて研究を進めている。すでに1930年代のハワイの日系移民、第二次世界大戦以前から戦後にかけてのペルーへの華僑移民についての論文を発表した。次は、沖縄移民の研究だろうと思っている。
次元は違えど、移民と冒険にはどこか共通する問題が潜んでいるような気がしてならない。おとなになって海外を飛び回れるようになってからは、さまざまな困難に直面しているが、それでもなお海外調査の魅力にとり憑かれているのは、冒険へのあこがれを失っていないからだろう。エイイチロウ・アズマさんの本は、研究はいつも境界を乗り越える精神を忘れてはならないことを思い出させてくれただけでなく、新しい学問領域にいざなってくれた一冊だった。
(イラスト:Atelier Epocha(アトリエ エポカ))
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“The Pursuit of Adventure and the Study of Migration”
by Toshihiko Kishi