病原体と人類の交差点:パンデミックの起源を探る旅 – CSEAS Newsletter

病原体と人類の交差点:パンデミックの起源を探る旅

Newsletter No.82 2025-02-12

山崎 渉(食品衛生学、人獣共通感染症学、動物感染症学)

病原体と私の出会いは20歳になって間もない1993年1月、ネパールからインドへの夜行バスの中で始まりました。村々の停留所でバスが止まるたびにトイレに駆け込んだ日の出来事を今でも昨日のことのように思い出します(推定診断名:毒素原性大腸菌感染症)。人生とは予測不可能なもので、以来30余年、私は病原体の探索を生業にしています。バックパッカーにありがちなフットワークの軽さが活きた結果なのか、気がつくと共同研究機関は5大陸15カ国に広がっていました。この憎らしくも謎に満ちた病原体はどこから人間社会にやってくるのでしょうか?二人のジャーナリストが綴ったパンデミックの起源を探る旅が謎の一端を明らかにしています。

『スピルオーバー─ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか』(デビッド・クアメン著、甘糟智子訳、明石書店、2021年。原著はSpillover: Animal Infections and the Next Human Pandemic、2012年)は出版と同時に全米でベストセラーとなり、米科学著述者協会の科学ジャーナリズム賞を受賞しました。新型コロナウイルス感染症のパンデミックを予見した書とも評されています。著者は時には文化人類学者の調査に同行しながら、アフリカの熱帯林や洞窟、オーストラリアの牧場、中国の野生動物養殖場など、スピルオーバー(動物種を越える病原体伝播)の発生現場を臨場感溢れる筆致で描写していきます。読み進めるうちに、読者はその現場にいるかのような没入感に浸ることになります。読後には都市開発、森林伐採、土地利用の変化、大規模畜産、野生動物の乱獲、人口増加等、私達の活動が野生動物の保有する未知の病原体と人間との接触頻度を意図することなく増やした結果、エボラ、エイズ、マラリア、SARS等、幾度となくスピルオーバーを引き起こしてきた事実を否応なしに受け入れざるを得なくなるでしょう。

新型コロナはどこから来たのか─国際情勢と科学的見地から探るウイルスの起源』(シャーリ・マークソン著、高崎拓哉訳、ハーパーコリンズ・ジャパン、2022年。原著はWhat Really Happened in Wuhan: A Virus Like No Other, Countless Infections, Millions of Deaths、2021年)はこのウイルスが武漢ウイルス研究所で機能獲得実験(野生動物由来のウイルスを人間に感染できるように改変する実験、つまり人為的にスピルオーバーを起こす実験)により作製された人工物であり、漏出事故と対応の遅れがパンデミックを引き起こしたとの刺激的な論考を展開しています。(1) 2014年にリスクに対する懸念から米国政府が国内の研究機関に対して機能獲得実験への資金拠出を停止したため、米国国立衛生研究所の研究資金がこの実験のために武漢で使用されるようになった、(2) 研究所からのウイルス拡散は実は2019年9月には既に発生しており、同年10月に武漢で開催された世界軍人競技大会によってこのウイルスが世界中に広がった、(3) 一つの実験室から一年間に漏出事故が起こる確率は0.3%、など綿密な取材に基づく衝撃的な記載に満ちた本書は著者が在住するオーストラリア国内で大きな議論を引き起こし、豪中関係悪化の一因にもなっています。どのような出来事にも真実は一つしかありませんが、新型コロナウイルスの起源は未解明のままです。私達が真実を知るにはさらに多くの時間が必要なのかもしれません。

(イラスト:Atelier Epocha(アトリエ エポカ))

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“The Intersection of Pathogens and Humanity:
Two Explorations of the Origins of Pandemics”
by Wataru Yamazaki