ジャカルタのいくつもの顔:セキュリティ実践から都市を探究する – CSEAS Newsletter

ジャカルタのいくつもの顔:セキュリティ実践から都市を探究する

Newsletter No.82 2024-06-12

久納源太さんインタビュー

略歴
久納源太(くのうげんた)氏は京都大学東南アジア地域研究所機関研究員。日本学術振興会特別研究員(DC1)を経て、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科にて博士号を取得、2023年12月から現職。専門は都市研究、社会学、インドネシア現代政治。主な著作に “Geography of Insecurity in Contemporary Jakarta: Cross-Class Spread of Residential Street Barriers” など。

インドネシア・ジャカルタは、1000万人近い人口をもつ世界有数の巨大都市です。そのジャカルタに住む人々の暮らしを取り巻く環境の実態と変化を理解するために、久納源太氏は、街路の至るところある構造物や道具に都市を読む鍵があると考え、首都圏規模で大規模なデータ収集とフィールド調査を実施してきました。

──ご研究について教えてください。

ジャカルタはいくつもの顔を持つ複合都市です。人口密度が高く自然に膨張したカンプン地区、計画的に整備された住宅地、ショッピングモール、オフィスビルが混在しています。インドネシアの経済・政治活動の中心地であるジャカルタは、民主化、分権化から最近のデジタル化まで、常に社会の変化の中心にありました。そして中間層の増加により、現在では居住地のみによって人々の社会経済的な背景を判断することはできなくなっており、以前は貧困層が多いとされていたカンプンの住民も、現在ではより裕福な地域の住民とある程度は似たような暮らしをしています。その一方で、洪水、交通渋滞、犯罪など、インフラの不備から生じている都市問題は、互いに交錯し、あらゆる層に影響を及ぼしています。

こうした多面的な変化がジャカルタに影響を及ぼしており、これが最終的にどこに行き着くかを理解したいと考えています。このため、私は、都市生活者がどのような状況で危機を認識し、どのように対処しているのかを観察することに関心をもってきました。私はこれまでの研究で、ジャカルタの多くのコミュニティによる住宅街の入口にバリア(路地バリア)を設置する慣行について調べました。これらの路地バリアは踏切型、ドア型など様々な形状をとりながら、防犯、交通規制から感染対策まで、コミュニティによって幅広い用途に利用されています。しかし、このようなセキュリティ対策を採用しているコミュニティがどれくらいあるのか、また、このような対策はどこで導入される傾向にあるのかについては、これまでほとんど調査されていませんでした。

そのため、私はジャカルタの街路をGoogle Street Viewで仮想的にフィールド調査するチームを結成して、この研究上の空白を埋めようとしました。まず私たちは、世界中の都市におけるさまざまな建造物の特徴を記録するオープンソースのデータベースであるOpenStreetMapで、「バリア」のタグが付けられた場所を目視で確認していく作業を行いました。この大規模なデータ分析と並行して、ジャカルタのコミュニティが導入している防犯装置の実用的な用途を詳しく調査するためのフィールドワークも行いました。ゲートなどの防犯装置による周辺地域の治安強化は、通常は富裕層の暮らしと結びつけられることが多いですが、私の調査結果によると、防犯目的で路地バリアを設置する行為は、カンプンや住宅街、都心部や郊外などさまざまな都市環境に広がっていることがわかりました。現在は、戸建住宅だけでなく、賃貸住宅やジャカルタ首都圏の周縁部など都市全体で、監視カメラや路地バリア、スピードバンプ(減速帯)、守衛所などの防犯装置がどのように広がっているかを調査しています。

昼下がりの賑わう街。軒を連ねる雑貨屋、食料品店の手前に構える路地バリア

──研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください。

ジャカルタでの調査では、昼夜を問わず、街を歩き回ることが多いです。昼間の活気に溢れた街路の多くは夜になれば閉ざされ、警備員が守衛所から目を光らせ、静かになります。守衛所のような空間は、携帯のゲームに熱中する若者たちの溜まり場になることもあります。彼らの多くは、トップアップ(プリペイド)やマルチプラットフォーム送金を代行してくれる露店を使って課金料を支払ったり賭けに興じたりしています。そうかと思えば、地元の幽霊伝説を信じていて、地域の古井戸の近くを一人で歩くと幽霊が出ると言ったりもします。深夜には、日中に通勤者をのせた公営バスが通る専用のレーンを街路樹用の撒水車両や道路清掃車が通行します。夜中の静けさの中、時折通るそれらの車両を交差点でしぶとく待ちながら、Uターンを誘導し、交通整理をして小銭を稼ぐ者もいたりします。

タイミングや偶発性に関わらず、こうした日常を観察することは、いつも私に深い影響を与えています。しかし、個人的な事件として一つ挙げるとすれば、ある病院の占拠に遭遇したことがありました。その日の夕方、私は中央ジャカルタ市の住民組織長と会って、地元のCOVID-19感染対策について話し合っていました。インタビューが終わり、事務所で雑談していると、ある委員が駆け込んできました。彼女曰く、地元の高齢男性が某病院にて亡くなったため遺体の引き渡しの交渉を手伝ってほしいとのことで、私たちは急いでその病院に向かいました。入口にはすでに大勢の人が集まっていて、一目みたところ、故人の家族の友人であるオンラインバイクタクシーのドライバー達を含めて少なくとも30人が集まり、病院が遺体の引き渡しを拒否したことに抗議していました。現場は混乱しており、病院側がCOVID-19の犠牲者に対してイスラーム教の適切な手順を踏まない特別な葬儀を強く勧めたことで、抗議する住民は増える一方でした。しかし、住民組織長が仲裁に入り、最終的には警察が到着して人々は落ち着きを取り戻しました。故人の家族には二つの選択肢が与えられました。一つは病院の指示に従い、病院が遺体を保管・搬送し、葬儀には家族のみが出席すること。もう一つは、イスラーム教の慣習に従って葬儀を行い(遺体を引き取って自宅に安置し、洗浄し、お祈りをしてから埋葬地に送る)、その後隔離に入ることでした。かなりの規模の抗議に発展したにもかかわらず、家族が最終的に最初の選択肢を選んだことは私にとって驚くべきことでした。こうした抗議、仲裁、交渉、選択に関わる共同性は、人々の生活を方向づけるのですが、このような共同性がどのように生まれ消えていくかを理解することの重要性を、私はこの出来事から学びました。1

夕暮れ時の閑静な住宅地の入り口。手前の踏切型の門が路地バリア、その後ろが守衛所

──研究の成果を論文や本にまとめるまでの苦労や工夫をお聞かせください。

私は、正直に言って、この困難を克服できたと感じたことはありません。当初、私の関心はもっぱら都市における住民組織の役割にありました。現在は防犯装置全般に焦点を移し、最近では居住空間における住民の同居関係やプライバシー意識についても探求し始めています。個人的な興味や好奇心は広がり続けるものだと思いますが、おそらく人が持つ時間とエネルギーは有限です。だからこそ、始めたことを最後までやり遂げ、そこから何らかのアウトプットを出そうというモチベーションが湧いてくるのだろうと思います。

──調査や執筆のおとも、マストギア、なくてはならないものについて教えてください。

フィールドワークにおいて、最も必要な持ち物はアポイントメントから宿泊手続きまで、1台で色々なことができる携帯電話でしょう。次にバッグです。持ち物は一つのバッグにまとめて持ち運ぶことが多いです。3つ目に、履き心地がよく突然の雨にも強いサンダルも、私にとって大切な道具です。時間と予算が許せば、バイクのような個人的な移動手段を持つようにしています。執筆や分析には、ノートパソコンが必携のギアです。

調査チームのトレーニング。路地バリアの特徴を記録する手順を説明する筆者

──若い人たちにおすすめの本はありますか?その理由も教えてください。

幅広く読むこともあれば、特定の分野に絞って読むこともあるでしょう。また、速く読むときと深く読み込むときもあると思います。これらのモードをうまく両立させることができればベストだと思っています。歴史を理解することは、あらゆる分野に共通して不可欠ですので、1冊をあげるとすれば、Anthony Reid. 2015. A History of Southeast Asia: Critical Crossroads(翻訳は太田淳・長田紀之監訳『世界史のなかの東南アジア-歴史を変える交差路』上下、名古屋大学出版会、2021年)をおすすめします。

(2024年5月8日)



1 COVID-19のパンデミックにジャカルタの人々がいかに対応したかを住民組織のロックダウンに着目して考察した論考として、以下を参照。久納源太「ジャカルタにおける新しい日常の経験─住民組織のロックダウン」(「コロナ・クロニクル─現場の声」京都大学東南アジア地域研究研究所、2020年6月1日公開)

本記事は英語でもお読みいただけます。>>
“The Many Faces of Jakarta: Exploring the City through the Security Practices”
Interview with Genta Kuno