出張先で出会った本たち – CSEAS Newsletter

出張先で出会った本たち

Newsletter No.81 2023-12-13

速水 洋子(文化人類学、東南アジア研究)

出張先の空港で搭乗便の待ち時間に書店をぶらぶらして、幾度か「これは見つけもの!」という本との出会いを経験した。なかでもこれまで最も成功した二冊が、パスカル・クー・トゥウェの『緑の霊の宿る大地から』(2003年、原題From the Land of the Green Ghosts、邦訳は未刊行)と、シャルメイン・クレイグの『ミス・ビルマ』(2017年、原題Miss Burma、邦訳は未刊行)だ。いずれもミャンマーの二十世紀現代史を少数民族の視点から描いていて、前者は自伝、後者は著者の祖母と母をめぐる事実に基づく小説である。学術的な研究では届かないような当事者の経験や思いを、軍事政権の統治下にある人々の人生の様々な場面や細やかな感情の動きから描くこうした本は民族誌を読むのとは異なる想像の翼にのせてくれる。どちらも地域研究とは無関係の多くの読者を惹きつけた本だというのもうなずける。

パスカル・クー・トゥウェはシャン州のパダウン(またはカヤンと呼ばれる)という、タイ側では「首長(くびなが)族」として観光の対象となったカレン系の民族の出身である。この著書では、軍政ビルマのもとで山地の集落で過ごした少年時代、そして学生時代に自ら参加した1988年の民主化運動とその後の厳しい弾圧の経験を語る。恋人を兵士らの残虐な行為の末に失い、その後失意と身にせまる危険のなかで、たまたま学生時代にマンダレーで出会ったケンブリッジ大学の研究者から手渡されていた紙片に書かれた連絡先を頼ってイギリスにわたり、ケンブリッジ大学を卒業した。何とも数奇な道をたどるのだが、さらにイギリスの画廊で1930年代にイギリスのサーカスに呼ばれてきていた祖母の首に何重もの輪を重ねた胸像に出くわすというフィクションなら出来すぎのエピローグで、ミャンマーから連綿とつながった運命の奇跡に胸を打たれる。

シャルメイン・クレイグの物語はカレン出身の著者自身の祖母と母親をめぐって少数民族女性の視点から描かれた小説である。祖母の若いころの植民地期デルタでの結婚に始まり、その後大戦期を経て母親は、初代「ミス・ビルマ」に選ばれた後、政治と民族闘争に巻き込まれていく。その後、民族闘争のなかで夫をビルマ軍に殺されてアメリカに渡った母は、そこで再婚して著者を生み育てた。アメリカに渡ったカレンの視点から、史実にも描かれないビルマ政治の世界や家族の姿が濃密な筆致で伝えられる。

今まさに厳しいミャンマーの現状に思いをはせるときに、そこにどのような個々の生活史が紡がれているか、想像させてくれる貴重な本たちである。

(イラスト:Atelier Epocha(アトリエ エポカ))

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