フレイ ウルスラ(地域研究、ジェンダー研究、メディア研究、社会学)
この春、「カルチュラル・アジリティ(Cultural Agility)」という新しい科目を学部生向けに教える機会があった。私は以前から人間のコミュニケーションに関心を持っていて、人間同士が、ジェスチャーやアイコンタクトなど、言語を使わないコミュニケーションによってどのように意思疎通を図るかを教えたこともある。カルチュラル・アジリティにはそのような非言語コミュニケーションが関わっているが、それだけではない。カルチュラル・アジリティは、異文化に適応し、他者と効果的にコミュニケーションを行うための能力を意味する。異文化には、異なる国の文化に限らず、異なる世代や宗教、性別の違いなども含まれる。
カルチュラル・アジリティについて書かれた書籍の多くは、ビジネスパーソン向けである。国境を越え、異文化の中でビジネスを行うことを助けるトピックを扱うものが多い。エリン・メイヤー(Erin Meyer)のThe Culture Map: Breaking Through the Invisible Boundaries of Global Business(PublicAffairs、2014年。邦訳『異文化理解力─相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』田岡恵監訳、樋口武志訳、英治出版、2015年)も例外ではなく、その内容はビジネス志向である。しかし、本書が他の本と違うのは、異文化間の誤解がなぜ生まれるかを丁寧に説明している点だ。エリン・メイヤーは生粋のアメリカ人作家として、他のアメリカ人作家と同様の仕方で、実例に基づいて異文化間の誤解を説明する。本書の特徴は、フランスのINSEAD(欧州経営大学院)の教授を務める著者が、自身の研究結果やコミュニケーション理論を用いて、すれ違いの理由を説明している点だ。だから彼女の著作は、アメリカなど実用第一の国とフランスなど原理第一の国の両方の読者を納得させることができるし、読者は第3章で双方の文化について学ぶこともできる。
国際的な共同研究に関連して、ネガティブ・フィードバックの仕方に関する第2章と、不同意の伝え方を述べた第7章がとりわけ参考になる。共同研究においては、進捗を確実にするために、研究仲間にフィードバックを行うことが重要である。肯定的な見解を伝えるのは簡単だが、異なる文化が交差する状況で否定的な意見を伝える場合はどうだろう。例えば、日本やタイなどでは、ネガティブ・フィードバックは繊細に行われ、否定的なメッセージは肯定的な言葉によって隠されてしまいがちだ。オランダやドイツでは、ネガティブ・フィードバックは率直に行われ、肯定的な言葉でメッセージを和らげることはない。ドイツ人の同僚からの厳しいメッセージはタイ人の研究者を萎縮させてしまうかもしれないし、タイ人の共同研究者からの繊細な否定的メッセージはドイツ人の同僚にはまったく気づかれない可能性もある。
どんなプロジェクトにおいても、コミュニケーションは重要である。討論が好きな人もいるし、そうでない人もいるが、どのように討論するか、そしてより重要なのは、どのように意見の相違を示すかは、文化によって異なるようだ。第7章でエリン・メイヤーは、すすんで対立する文化と対立を避ける文化があることを読者に伝えている。対立的な文化では、議論したり意見の相違を表明することは、多くの選択肢から解決策を見つける一つの方法である。人々が意見を異にするとき、それは誰かの意見に異を唱えるのであって、その人の人間性に異を唱えるのではない。対立を避ける文化では、状況は異なる。ここでは、議論やはっきりした異論の表明は避けられる。互いの意見が衝突すれば、人間関係に影響を与えかねない。タイの研究者と会議を開き、研究の進捗状況について意見を聞き、議論したい場合、そのフィードバックはドイツの同僚が行うものとは大きく異なる可能性がある。適切なコミュニケーションを行うためには、否定的なことを言ったり、異議を唱えることを避ける人もいることを覚えておくことが重要だ。
エリン・メイヤーは主にビジネス界の人に向けて本書を執筆したかもしれない。しかし本書を読むことで異文化コミュニケーションを改善し、学問の世界でも起こりうるミスコミュニケーションの原因を説明することができると私は感じている。
(イラスト:Atelier Epocha(アトリエ エポカ))
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“Enhancing Cross-Cultural Communication”
by Urszula Frey