地域を架橋する言語:アラビア語資料から – CSEAS Newsletter

地域を架橋する言語:アラビア語資料から

Newsletter No.82 2024-05-08

原 陸郎
(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科

グローバル地域研究専攻 一貫制博士課程)

はじめに

東南アジア地域研究研究所図書室(以下「東南研図書室」)に、2000冊ほどのアラビア語資料が所蔵されているのはご存知でしょうか(2024年4月現在)。アラビア語はアッラーが預言者ムハンマドに啓示を下した際に選ばれた言語であり、イスラームと強く結びついています。そのため、多くのムスリムが暮らす東南アジア関係の資料として、アラビア語の蔵書があることについては、それほど不思議に思われないかもしれません。しかし、東南研図書室が有するアラビア語資料のほとんどは東南アジア以外の国で出版されたものです。これには、2017年に東南アジア研究所が、国立民族学博物館の地域研究企画交流センターをもとにした京都大学地域研究統合情報センター(以下「地域研」)と統合し、東南アジア地域研究研究所が発足したという経緯があります。

この地域研との統合によって東南研図書室がアラビア語資料を所蔵する運びとなりましたが、あまり利用者は見られません。これには、東南アジアから地域と言語が離れているほか、ほとんどの資料が2000年以前に出版されたもので、最新の成果を含んでいないことが理由として挙げられます。さらには、学内では大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・アジア図書室がアラビア語資料をさらに多く有していることもその一因であるかと考えられます。しかし、国内で東南研図書室のみが所蔵している資料も少なくなく、貴重なものも含んでいます。こうした状況を鑑みて、筆者は地域研所蔵であったアラビア語資料の整理と請求記号を付け替え、新たな分類作業を行いました。本稿では、地域・特徴に大別してその一部を紹介していきたいと思います。

なお、マレー・インドネシア語をアラビア文字で表記したジャウィが島嶼部東南アジアでは用いられていますが、本稿はあくまでもアラビア語資料を対象としたもので、筆者の専門とも大きく異なるジャウィ文献は含んでおりません。

所蔵資料の概要

出版国は様々ですが、エジプトで出版されたものがアラビア語資料の約半数を占めています。所蔵資料のほぼ全てが書籍・冊子で、定期刊行物はごく少数です。蔵書の分類としては、文法書や辞書類といったアラビア語学や、小説等を対象とした文学資料に関するものは少なく、近現代の人文社会科学系を中心とした構成です。内容について言えば、アラビア語圏の基礎的な知識を得るための資料というよりも、現地で実際に読まれ用いられてきたものであると言えます。資料の地域・特徴の詳細については後述しますが、現地を経験・研究している院生以上の研究者を対象としたものが多い一方で、専門書だけでなく簡単な内容のものもあります。

北アフリカ

北アフリカ関連資料の大半はエジプトについてのもので、社会科学分野を中心としています。その中でも社会一般や政治情勢に関するものが多数を占めています。政治について言えば、ムスリム同胞団や、パレスティナとイスラエルとの外交関係を扱ったものが多いです。出版時期と関連することでもありますが、中東戦争の影響が強く感じられ、当時の社会状況が鮮明に伝わってきます。また、コプト教徒を中心として扱ったキリスト教関連資料も特筆すべき点です。その他にも都市・農村の統計データや行政に関わるもの等もあります。エジプト以外にはモロッコ等のマグリブ地域を対象としたものがあり、こちらは歴史や地理に主眼が置かれた選定が特徴であると言えるでしょう。

西アフリカ

東南研図書室が蔵書としてもつ、西アフリカで出版された資料のほとんどは、イスラームおよび宗教に関連したものです。その内容は、聖典である『クルアーン』やハディース(預言者の言行録)及びそれらの抄出や、法学書、祈祷書など多岐にわたっています。また、ティジャーニー教団[1]などのタリーカ(スーフィー教団)に関連した資料も多く見受けられます。これらの特徴としては、手書きの原本をコピーして作られた、印刷写本/プリントされた手書き資料(printed manuscript)と呼ばれる、簡素な小冊子が多くあるという点が挙げられます。ナイジェリアのカノなどの都市で出版されたこれらの資料は、20ページに満たないようなものがほとんどです。タイトルが付されていないものも多く、資料の冒頭の一文が書誌データとして登録されています(右図参照)。マグリビー体で書かれており、馴染みのない方にとっては一瞥しただけでは内容がわかりにくいかもしれませんが、興味深いコレクションです。

おわりに

以上、東南研図書室が所蔵するアラビア語資料を、北アフリカと西アフリカに大別して紹介してきました。もちろん、アラビア半島やシャーム地方、パレスティナ・イスラエルなど、これら両地域以外を主題としたものも豊富にあります。また、今回は割愛しましたが、現代に限らずイスラーム学関連の古典も少ないながらもありますので、アラビア語に触れたことのある方だけでなく、これから学ぶ方にも是非一度訪れてほしいと思います。東南研図書室という名前から、東南アジア関連以外の資料は所蔵していないと思われるかもしれませんが、今回紹介したアラビア語以外にも、ヘブライ語やペルシア語のものもあります。アラビア語と同様、共に地域の境を越えて用いられてきた言語です。より多くの利用者の方が心の壁を越えて、こうした非東南アジア諸言語資料をご活用していただければと願います。

[1] マグリブで活躍したスーフィーであるアフマド・ティジャーニー(1815年没)が創設したスーフィー教団。北・西アフリカに広く普及している。

本記事は英語でもお読みいただけます。>>
“The Region-bridging Language: Arabic Materials at the CSEAS Library”
by Rikuo Hara