インドネシアで雨の特性を理解する:人々との信頼関係を育み、水文気象データの活用を考える – CSEAS Newsletter

インドネシアで雨の特性を理解する:人々との信頼関係を育み、水文気象データの活用を考える

Newsletter No.82 2024-05-08

小川まり子さんインタビュー

略歴
小川まり子氏は京都大学東南アジア地域研究研究所の助教。神戸大学で博士号(工学)を取得し、2019年まで同大学にて気象レーダーを用いた降雨量推定の精度向上を目指して、日本の雨や雪の粒径分布を直接観測してきた。現在は主に、地下に大量の炭素を蓄えるインドネシアの熱帯泥炭地を対象に、同機器を用いて降雨の地域特性や季節特性を研究している。泥炭火災の拡大や洪水リスクを最小化するための水文・気象防災情報の活用を模索している。また同地域にて大気汚染モニタリングも実施し、泥炭地火災や地域住民の生活活動が大気汚染に及ぼす影響を調査している。

東南アジアの沿岸部の低湿地に広がる熱帯泥炭地では、1990年代以降、土地改良(大規模な排水)によりアカシアやアブラヤシなどのプランテーション開発が急速に進行し、森林が荒廃して乾燥化(地下水位の低下)が生じています。エルニーニョの年には乾季が長引き、野焼や自然発火により大規模火災が発生してきました。泥炭地からはヘイズ(煙霧)が発生し、地域住民の健康被害や視界不良による経済損失が深刻な問題となっています。本研究所では1970年代から熱帯泥炭地にいち早く着目しており、ここ10年以上は、インドネシアの地域社会と協働して水文気象観測を行ったり、熱帯泥炭地の保全に取り組んできました。このチームの一員として、水文気象学の分野から問題解決に挑む小川まり子助教にインタビューしました。

──小川さんのご研究について、研究の道に進むきっかけや、今のご研究に至った経緯とともに教えてください。

高校生や大学生の頃に山に登っており、山での急な天候の変化を体感しました。命に関わることですので、常に天候に意識が向いていた気がします。気象や自然に興味を持ったきっかけは、おそらくそのときかなと思っています。

大学時代は工学部でした。恩師がちょうど赴任したばかりで、開設されたばかりの気象学研究室に入ることができました。沖縄県や兵庫県で気球を飛ばして、雲の中の雨粒や氷粒の大きさ、数と形、大気の状態などを調査しました。これらの情報が、雲の成長と発達過程を理解するための重要な情報になるためです。また気球と同時に気象レーダーで雨雲を観測し、氷粒子や雨粒の体積量をいかに正確に推定できるかを研究していました。観測・調査を通じて、実際に自分の目で見ることの面白さを知った気がします。

インドネシアとの関わりについて、研究室時代にインドネシア人の友人はいたものの、今の職場に赴任するまではインドネシアを訪れたことはありませんでした。最初の2ヶ月間はジャカルタ連絡事務所に駐在しました。言葉や文化もほとんど知らない状態でしたので、前任者の先生が現地スタッフに私を紹介するとき、3歳ぐらいの子供と思って接してくださいと言われたのを覚えております。

熱帯泥炭地は洪水と火災のリスクの両方を伴っています。赤道直下の熱帯雨林が広がるインドネシアでは、特に低湿地では雨が降ると冠水しやすく、樹木などの植物の遺体が水分の多い土壌に分解されきらずに蓄積され、形成された泥炭地が広がっています。泥炭土壌を掘っていくと、植物遺体となった木の幹などにぶつかることがよくあります。

熱帯泥炭地の広がるスマトラ東部沿岸地域は遠隔地でもあり、元々、インドネシア気象庁の観測所が少ない地域でした。本研究所が10年以上前からこの地域で水文気象調査を行ってきました。雨量計の解析から、深夜すぎにスマトラ東部の沿岸部で強雨が見られることがわかりました。このような降雨日周期は海洋大陸インドネシアの降水現象の特徴であり、海岸線に集中的な降雨をもたらすことがわかっています。

研究対象地域であるスマトラ島リアウ州は、大小多くの島が点在し、さらにブンカリス島の北はマレー半島、南はスマトラ島で囲まれ、複雑な立地条件になっています。このあたりは毎日の降雨周期のなかで、局所的な雨や、雨の移動も見られます。気象レーダーを見ていると、海岸線に沿って、きれいに雨雲が分布している様子も時々見られます。そこで、従来の地上雨量計だけでなく、面で観測できる気象レーダーによって泥炭地の雨をモニタリングし、火災や洪水などの危険性を示す情報をいかに住民の暮らしに役立てられるか模索しています。

雨が毎日どの地域で降りやすい(少ない)のか、雨の降り方は季節によってどのように違うのか、気象レーダーのデータに加えて、現地を訪問したり、住民が双方向で現地の情報を送受信できるアプリ開発などによって把握していきたいと思っています。このような取り組みを通じて、火災リスクや季節変化をいち早く把握できる可能性を検討したいと思っています。

また現在、私は熱帯泥炭地の火災リスクや大気汚染の様相を知るべく、雨に着目しながら、住民との関わりのなかで研究を進めています。熱帯泥炭地の火災リスクに関して、地下水位の目安について研究が進められています。しかし地下水位(や土壌の水分量)の地域的な特徴を現地調査をもとに整理しても、火災リスクと地下水位との関連性を見つけること(一般化すること)はなかなか難しいのが現状です(実際に比較的湿潤と思われる小島群エリアでも、衛星画像では火災がよく検出されています)。

一方、雨がどのぐらい連続して地面に降っていないかが、住民が火災リスクを知るための目安にもなっています。私たちは住民の協力のもと、PM2.5やCOなどの大気汚染計測も行っています。火災時にはPM2.5などの粒子状物質のほか温室効果ガスの排出が懸念されています。そして泥炭火災は不完全燃焼を起こします。泥炭土壌は空隙が多く、火災が発生すると地中でくすぶるように燃えます。そうすると初期の火災場所を特定するのが難しくなり、消火活動をより一層難しくさせます。 私は、このリアウ州において、大気汚染の状況が周辺の土地利用や大気・気象条件(風や雨など)によってどのような影響を受けるのか、知りたいと思っています。例えば都市部や農村部、森林が多くあるところや交通量の多い場所などによって、大気汚染の状況が異なると言われています。料理やゴミの焼却など生活活動による大気汚染への影響も合わせてみていきたいと思っています。

タンジュン・ルバン村にて火災の危険性を示すボード(2019年5月19日)
8日間連続で雨が降っていない場合、火災の危険性が最も高いことを示す。

──研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください。

大気汚染の様相や水文気象状況との関連を調べるため、大気汚染のセンサーおよび雨量計をリアウ州の10軒ほどの民家に設置しています。データ回収とメンテナンスのために定期的に現地を訪れています。設置した家々の訪問を通じて、その土地での人々の暮らしを垣間見ることができます。彼らがどのような土地に住み、どんな仕事をして、どのように暮らしているのか。また彼らが自然とどのように向き合っているのかなども知るきっかけになるかもしれません。

トゥミアン村(2024年1月22日)
この家の主人は収穫したオイルパームを回収して工場に持ち込む仕事をしています。
こぼれ落ちた実もまだ使えるとのこと。果実を詰めた袋の下のほうからは油が滲み出ていました。
カンブン・ルアー村(2024年1月25日)
夫が宗教小学校の先生をしているお宅。私たちの訪問に合わせて予定を調整してくれていました。妻は他の場所で仕事をしており家を空けることも多いそうです。甘いコーヒーとお菓子を振る舞ってくれました。手前はタペ・シンコン(Tape Singkong)と言われるキャッサバを発酵させたお菓子です。

──フィールド調査を行う上での苦労や工夫をお聞かせください。

現在行っている大気汚染の連続した観測のためには、住民からの協力が必須です。住民には機器や停電の状況を定期的に確認してもらっています。住民に少しでも私たちのことを受け入れてもらうため、訪問時には活動内容について、丁寧に説明するように心がけています。こちらが緊張した雰囲気ですと住民にも伝わってしまうため、なるべく普段の状態でデータの回収作業をしたり、世間話をしたり、火災や雨などの最近のイベントについて住民に聞き取りをするようにしています。

なお、最初に大気汚染の機器を設置したとき、私は同行できませんでしたが、ほとんどの住民がはじめ警戒した雰囲気だったようです。2、3回と訪れていくうちに、趣味の話から火災の話まで色々と話をしてくれるようになってきました。

──これからの野望をお聞かせください。

水文気象データの活用について、自治体や住民との連携強化です。前述のように現在、住民が双方向で情報を送受信できる災害アプリを開発中です。

今年の1月にはようやく地方政府の防災局と話ができました。防災局と話をする中で、火災のみならず、天気予報、洪水の場所、海水遡上のことなど、村単位で知りたいとのことでした。実務上、それぐらいの細かな範囲で監視をしたいというのが伝わってきました。また、洪水の場所に関しては、実際に昨年の年末前ごろからの大雨により、リアウ州の各地で冠水被害があったのですが、翌日になってようやく冠水の場所がわかったそうです。

今後、セミナーやトレーニング、聞き取りなどを行う中で、各地域の住民や行政などが必要としていること、困っていることを知り、水文気象データの活用について一緒に考えていきたいと思っています。

小川まり子氏のフィールドーワークの様子を動画でも紹介しています。
以下のページでは関連文献も併せて紹介しています。
たんけん動画 地域研究へようこそ「フィールドワークの第一歩は、天気図の作成」https://onlinemovie.cseas.kyoto-u.ac.jp/movie_ogawa/

(2024年3月2日)

本記事は英語でもお読みいただけます。>>
Interview with Mariko Ogawa: “Understanding Rainfall Characteristics in Indonesia:
Fostering Trust with People and Making Use of Hydrometeorological Data”